御巣鷹山 「評価不可能」
福島で生まれ福島で育ち、今尚福島大学の生徒に協力してもらって映画を撮り続けている純粋福島人、渡辺文樹監督。障碍者を扱った「ザザンボ」、天皇暗殺計画を綴った「腹腹時計」など、彼の作品は社会のタブーに真正面から挑んだものばかりなので劇場公開がされず、専ら全国の市民ホールなんかで行われる自主上映を観るしかないのだが、この度私は偶然にも機会に恵まれ、監督の最新作「御巣鷹山」を観ることができた。
本作はタイトルからも分かる通り、昭和六十年に起こった日航ジャンボ機墜落事件の真相を追った内容である。
時の首相中曽根康弘は昭和六十年の師走、群馬県山奥の寺で奉納試合に参加していた。その日の昼過ぎ、多額の政治献金をしている渡辺という男が寺を訪れる。木刀を携えた有段者が並び座る前で、首相と面会する渡辺。日航機の事故で孫娘を失ったという渡辺の話を聞き、首相はこう語った。
「先日、日航機事故で幼い娘を失った若い夫婦が凶行に走った。なんでも『事故の原因は自衛隊機が日航機を撃墜したからだ』と考えたらしく、当時日航機を誘導していた元パイロットの男にナイフで切りかかった後、セスナ機から飛び降り自殺を図ったんだ」
だがそれを聞いた渡辺は、突然恐ろしいことを告げた。
「先刻、首相の息子が乗っている日航機に爆弾を仕掛けた。ある高度まで下がれば自動的に爆発する代物だ。息子と多数の乗客の命が惜しければ、事故の真相に関わる二人の男をここに呼び寄せろ」
青ざめる中曽根総理。先刻首相が語った遺族夫婦とは渡辺の娘夫婦のことであり、渡辺は彼女らの遺志を継いで独自に事故の謎を追っていたのだ。二人の到着を待つ間も、渡辺は命がけで調べ上げた事実の数々を首相に語る。離陸直後に自衛隊機との接触で破損していた日航機。横田基地に不時着させてもらえなかったアメリカとの事情。そして墜落した機体の発見を遅らせた報道管制──。中曽根総理はこのまま渡辺に語らせておくわけにはいかない、と思いながらも、息子のことを案じて止めさせることができずにいた。やがて自分の知る全てを語り終えた渡辺は、それらが皆真実であることを裏付ける重要な証拠を首相に突きつけた。それを見た首相は、ついに決断を下した…。
政治サスペンスを基調とし、そこに航空パニックとバイオレンスアクションの要素を加えたこの映画。青春映画としての側面もあった前作「腹腹時計」とは違って全編重々しい空気の中で進行するので、やかましいBGMに台詞がかき消されるなんてことが無く、割と安心して作品に浸ることができる。…とは言ってもこれはあくまで比較論であり、本作もまた渡辺監督の独特すぎる世界が十二分に発揮されており、慣れないと確実に食あたりを起こしてしまう映画なのは何ら変わりない。いや、むしろテイストの濃さでは「腹腹時計」以上と言ってもいいだろう。
「日航機墜落の真実を暴く!」という内容なのに渡辺監督自らが実名で出演し(この監督は自分の作品に度々実名で出演します)、あまつさえ航空機に爆弾を仕掛けるというパニック映画紛いの事をするという、ノンフィクションとフィクションの境目が曖昧な構図や、静止画と動画を脈絡なく繋ぎ合わせた回想シーンなど、映画を構成している数々の不可思議な要素は、観る者を段々とトリップへと誘っていく。そしてトリップが頂点に達するのが、クライマックスで唐突に始まるチャンバラシーンだ。中曽根首相の一言で、その場に居合わせた剣道の有段者達は一斉に渡辺に襲い掛かる。対する渡辺も木刀を構え、時代劇ばりの殺陣で剣士らを次々と薙ぎ倒していく。この場面での、木刀なのに斬られて血が噴き出る描写なんかを見ていると、今まで渡辺が語ってきたことが本当なのか嘘なのかが一層不確実なものになり、より深い世界に陥ってしまったかのような感覚を覚えてしまうのだ。そしてチャンバラが終了すると、再びノンフィクション調に戻って映画は終了する。出口の無い迷路に放り込まれたような、そんな感じのする怪作である(ちなみにこの映画、中曽根首相役の人が良い具合に悪代官演技をしてくれて光っています)。
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